東京地方裁判所 平成元年(ワ)9993号 判決 1991年1月29日
原告
真崎物産株式会社
右代表者代表取締役
中野由治郎
右訴訟代理人弁護士
権田安則
同
今井和男
同
渡邊信
同
小松弘
被告
ナンカセイメンカンパニー
右代表者社長
鞘野計一郎
右訴訟代理人弁護士
増田晋
同
山岸良太
同
内田晴康
同
渡邊肇
同
今村誠
右訴訟復代理人弁護士
上川路聡子
主文
一 本件訴えを却下する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一事案の概要
一請求
被告が別紙訴訟目録記載の訴訟(アメリカ第一訴訟)において敗訴した場合に、ホゼ・ルーナから行使を受ける損害賠償債務について、原告が被告に負担すべき求償債務(被告が右訴訟に関して支出した費用の支払義務を含む。)が存在しないことを確認する。
二本件は、別紙目録記載のとおり不法行為に基づき、アメリカ合衆国で、ホゼ・ルーナが、原告及び被告に対してアメリカ第一訴訟を、さらに、被告が原告に対して、右訴訟で被告が敗訴した場合に、被告が原告に求償請求する旨の訴訟(アメリカ第二訴訟)を、それぞれ提起したところ、原告が被告に対して、日本で右求償債務の不存在確認を求めた事案である。
三被告は、以下のように本案前の抗弁を主張し、本件訴えを却下するよう求めた。
1 本件について日本の裁判所は国際裁判管轄を有しない。
2 被告の原告に対する求償請求権(本件請求権)は、アメリカ第一訴訟において被告が敗訴することが停止条件になっており、さらに被告がホゼ・ルーナに、右損害賠償債務を弁済して初めて発生するから将来の請求権でもあり、いずれにしても確認の利益がない。
3 本件は、アメリカ第二訴訟と訴訟物が同じであり、かつアメリカ第二訴訟では原告が欠席したため、既に被告勝訴の判決が出ているのだから、二重起訴禁止(民事訴訟法二三一条)の法理に反する。
四国際裁判管轄に関する原告の主張
1 本件は、民事訴訟法一五条、二一条及び条理に基づいて国際裁判管轄が認められる。
2 不法行為地の裁判籍(民事訴訟法一五条)
本件請求権(製造物責任者相互間の求償請求権)は、製造物責任に基づく損害賠償債務に起因し、かつ密接に関連するものであり、これと同一性を有するかまたはその変形にすぎない。したがって「不法行為に関する訴え」にあたる。製造物責任の場合、不法行為地には加害行為地である製造地が含まれると解されるところ、本件製麺機は、原告が日本国内で製造したものである。
3 併合請求の裁判籍(民事訴訟法二一条)
本件の分離前の被告であったホゼ・ルーナとの間(同人に対する原告の製造物責任に基づく損害賠償債務の不存在確認請求)では、平成元年一二月一日判決が言い渡されており、国際裁判管轄が認められた。右訴訟は、本件訴訟の論理的前提になっており、両者は通常共同訴訟であっても合一確定の必要性が高い。したがって、併合請求の裁判籍も認められる。
五国際裁判管轄に関する被告の主張
1 本件請求権の法的性質は、事務管理ないし不当利得の請求権であり、不法行為に基づく請求権ではない。したがって、不法行為地の裁判籍は認められない。仮に民事訴訟法一五条、二一条の裁判籍が認められるとしても、本件では左記のとおり条理上日本の裁判所に国際裁判管轄を認めるべきでない特段の事情がある。
2 第一に、審理の便宜については、被害発生地であるアメリカに本件製麺機があり、被害者ホゼ・ルーナが居住しているなど証拠が集中し、かつアメリカの訴訟手続でその収集がほぼ終わっており、アメリカで行うのが便宜である。本件と訴訟物を同じくするアメリカ第二訴訟では、原告がトライアルに欠席し今後も出席しない旨宣明したため、原告敗訴の判決がなされており、日本の裁判所に管轄を認めて、訴訟追行を許さねばならない審理の便宜は存在しない。
3 第二に、被告は、アメリカカリフォルニア州法に基づいて設立されたアメリカ法人であり、日本国内には財産、支店や営業所等の拠点、関連会社等は全く存せず、また営業活動の実績もない。したがって、被告が日本国内で訴訟を追行することは、過大な負担となる。一方原告は、本件機械をアメリカに輸出して利益を得ていたのであるから、アメリカ国内で製造物責任を追及され、応訴を余儀なくされることも充分予想できた。
第二判断
一原告は、日本法に基づいて設立され、日本国内に本店を有する日本法人であり、被告は、アメリカ合衆国カリフォルニア州法に基づいて設立され、同州内に本店を有するアメリカ法人である(争いがない。)。ところで、このように当事者の一方が外国法人である民事訴訟事件について、日本の裁判所が管轄権を有するかどうかについては、これを直接規定した法規や条約はなく、さらに一般的に承認された国際法上の原則もいまだ確立していない。したがって、当事者間の公平、裁判の適正・迅速を図る見地から条理に従って決定するのが相当であるが、当該事件について日本の民事訴訟法の土地管轄に関する規定(民事訴訟法二条、四条、五条、八条、一五条等)、その他民事訴訟法の規定する裁判籍のいずれかが日本国内にあると認められる場合には、特段の事情が認められないかぎり、日本の裁判所に国際裁判管轄を認めることが右条理に適うというべきである。そして、右特段の事情を判断する際には、今日、国際交通、商取引等が飛躍的に増加し、渉外民事紛争も多発している状況を踏まえて、民事訴訟法が当該裁判籍を認めた趣旨が、国際裁判管轄の決定についても妥当するかを含めて検討すべきである。
二1 本件では、被告は外国法人であり、また被告が日本国内に事務所または営業所を有していないことは本件記録によって認められるので、我が国に被告の普通裁判籍はない。
2 次に不法行為地の裁判籍(民事訴訟法一五条)について検討する。
まず本件訴訟の前提となっている製造物責任に基づく損害賠償請求権の法的構成については、これを商品の製造、販売を通じて利益を上げることに対する一種の不法行為責任(報償責任)と解することができる。
被告は、本件請求権の法的性質が、事務管理ないし不当利得に基づく請求権であり、不法行為に基づく請求権ではないから、不法行為地の裁判籍は認められない旨主張する。確かに、本件請求権の法的性質を厳密に考えれば、製造物責任者間で、当該不法行為に基づく損害賠償請求権が発生するとは考えられず、事務管理ないし不当利得に基づく請求権と言わざるを得ない。しかし、不法行為地の裁判籍が認められているのは、被害者の提訴の便宜もさることながら、証拠収集が容易で適正迅速な裁判を図ることができるからである。本件請求権は、製造物責任に基づく損害賠償債務に起因し、これと密接に関連するものであり(本件請求権の存否、金額を決定する際には、原被告のそれぞれの過失など製造物責任に基づく損害賠償請求における各要件を切り離して考えることはできない。)、少なくとも証拠収集の便宜、適正迅速な裁判の実現という観点からは、不法行為地に裁判籍を認めるのが右趣旨に合致する。そして、法が「不法行為に『関する』訴え」と規定しているのも、訴訟物が不法行為に基づく請求権である場合だけでなく、本件のように実質的に不法行為の請求権と同視しうるものも含む趣旨であると考えられる。
次に、「行為ありたる地(同法一五条一項)」の中には、加害行為地も含まれると解されるところ、被告のアメリカ第二訴訟における主張(<書証番号略>)によれば、被告は、原告が製造した本件製麺機の設計や製造等に瑕疵があったために、アメリカ第一訴訟を提起されて、これに敗訴し損害を被る恐れがあるというのであり、そして、弁論の全趣旨によれば、本件製麺機は、原告が日本国内で設計、製造したことが認められる。製造物責任では、瑕疵のある製品が製造された場所も加害行為地の一つと考えられるので、本件では日本が不法行為地に含まれる。
以上から、本件では不法行為地の裁判籍が認められる。
3(一) 次に不法行為地の裁判籍が認められるとしても、本件で右規定に基づいて国際裁判管轄を認めるのが条理に反する結果となるような特段の事情があるか否か、について検討する。
(二) まず当裁判所に裁判権を認めた場合、製造物責任の有無、求償権の存否、範囲等について、審理を尽くすことになるが、本件請求権は、アメリカ第一訴訟で、被告がホゼ・ルーナに敗訴し、その損害賠償債務を同人に履行した場合に初めて効力が発生する停止条件付き請求権である。本件で確認の利益が認められるかどうかはさておき、仮に被告がアメリカ第一訴訟で勝訴しその判決が確定すれば、停止条件の不成就が確定し、本件請求権は発生しないことになるので、審理が全くムダになってしまう。また、準拠法の問題、日米両国の製造物責任に関する判例の相違等も相まって、両者の判決が、抵触してしまう可能性も大きい。
原告がアメリカ第二訴訟に応訴するだけではなく、本訴を提起したのは、日本で訴訟を追行する便宜もさることながら、一般的にアメリカでは、日本に比べて製造物責任が広く認められる傾向があるので、予め本訴で勝訴判決を取得しておけば、将来原告がアメリカ第二訴訟で敗訴したとしても、その判決の我が国での執行を阻止することに役立つからに他ならない(このことは原告の主張や後述するように、原告が、分離前の被告ホゼ・ルーナに対して、債務不存在を確認する欠席判決を取得したとたんにアメリカ第一訴訟の訴訟追行を放棄したことからも看取できる。)。このように外国における給付判決の執行を阻止することを目的にして、我が国で債務不存在確認訴訟を提起するのは、各国の製造物責任に関する法規や判例(典型的な例として)に大きな差異がある現状では、やむを得ない面もあり、直ちに違法であるとはいい難い。しかしこれを無制限に許すときは、我が国の民事訴訟法の外国判決承認制度の趣旨を没却ないし著しく狭めることになり、また被害者の実質的な救済を困難にし(本件でいえば、アメリカ側当事者に資力がなく、日本側当事者が日本国内にのみ資力を有するような場合)、ひいては相互主義の見地から、日本の裁判所の判決が外国で承認されなくなる恐れもある。したがって、本件請求権のように、アメリカ第一訴訟の結果如何で停止条件の成就、不成就が決まるような場合にはむしろアメリカで審理を行うのが適切である。
(三) 次に本件では、アメリカの訴訟が先行して提起され、準備書面の交換、証拠の収集が相当程度進んでおり、したがってアメリカで審理を行うのが便宜であった。
原告は、本訴においてかかるアメリカ訴訟の進行を考慮すると、両国の製造物責任の範囲の違いから原告にのみ不利益を強いることになるし、アメリカの裁判権を日本の裁判権に優先させることになる、と主張する。しかし、今日のように国際交通、商取引が極めて活発に行われ、それに伴う渉外民事紛争も多発している現状では、民事訴訟法が外国判決の承認の制度を採っていることと前述した審理の重複、判決の抵触を避けるという見地から、訴訟追行にどの国の裁判所が最も適切か、という観点からの検討が必要であり、本件でも、国際裁判管轄を決定する要素の一つとして、先行して提起されたアメリカ訴訟の進行状況をも考慮に入れるべきである。
アメリカ訴訟の進行は、以下に挙げた各書証のほか弁論の全趣旨によって次のとおりであったと認められる。
ホゼ・ルーナは、原告ほか氏名不詳者五〇名を「被告」として、昭和六三年四月一九日、アメリカ第一訴訟をカリフォルニア州ロサンゼルス郡に提起した(<証拠略>)。原告は、昭和六三年一〇月二七日、右訴状の送達を受け応訴した。ホゼ・ルーナは、平成元年三月二一日、氏名不詳の「被告」のうちの一人として、被告を「被告」に追加した(<証拠略>)。被告は、同年六月二〇日、応訴する(<証拠略>)とともに、アメリカ第二訴訟を原告に対して提起した(<証拠略>)。原告は右訴訟についても、同年七月二五日応訴した(<証拠略>)。その後質問状に対する答弁、予備的証人尋問等の証拠開示手続等の準備手続が行われ、同年七月二一日には、手持ち証拠開示の最終期限、和解期日、トライアルの開催等の審理に関するスケジュールが定められていた。そして、強制和解期日が二回あった後、平成二年三月二六日に、トライアルの期日があったが原告は欠席した。
なお付言すると、原告は、分離前の被告ホゼ・ルーナに対し、平成元年一二月一日、日本で欠席判決を取得し、仮にアメリカ第一訴訟で敗訴しても、日本国内で執行される恐れがなくなったためか、アメリカ両訴訟手続きにこれ以上出席しない旨宣明したため、アメリカ第一訴訟については平成二年三月二七日に、同第二訴訟については同年四月一日にそれぞれ敗訴の欠席判決を受けている(<証拠略>)。
(四) 第三に本件に関する証拠は、ほとんどアメリカ国内にあり、この点からも審理はアメリカで行うのが便宜である。
まず弁論の全趣旨によれば、本件製麺機は昭和五四年アメリカに輸出され、カリフォルニア州のクオン・イック社の工場に据えつけられ、昭和六二年の本件事故発生当時まで稼働していたこと、及びホゼ・ルーナは、右工場で就労中に本件事故にあい、その後同州内で治療を受けていることが認められる。したがって、事故態様、損害についての証拠はすべてアメリカ・カリフォルニア州内にある。
また弁論の全趣旨によれば、原告は、本件製麺機と同型の製麺機を、昭和五四年以前から日本国内で製造、販売していたが、昭和六〇年頃製造を中止し、現在は不動産業を営んでいる事実が認められる。したがって、本件製麺機の設計、製造について予想される証拠調べは、日本国内ではあまり実効が期待できない。
(五) 最後に、前記のように原告はアメリカに、被告は日本に、それぞれ財産、営業所や事務所、関連会社等を有していない。したがって、相手国での訴訟追行は、お互いに負担になるが、原告は、自社の製品をアメリカに輸出して利益を上げたのであるから、将来アメリカで製造物責任訴訟を提起されることも予期しえたはずである。他方、<書証番号略>のヘンリー・レオン並びにサヤノ・ソウイチの各宣誓供述書及び弁論の全趣旨によれば、本件製麺機は、原告とクオン・イック社との間の売買契約に基づいて輸出されたもので、被告は、クオン・イック社のために原告から本件機械の見積りを入手しただけで、何らの報酬も受け取っていない事実が認められる。そうすると、被告は、本件製麺機の製造物責任に関する訴訟を日本国内で提起されることなど全くの予期しえなかったであろう。したがって、この点からも被告に日本国内で応訴させるのは、不公平である。
以上から、本件では、日本の裁判所に管轄を認めるのが条理に反する特段の事情があると認められる。
4 次に原告は、仮に本件請求自体については、管轄が認められないとしても、分離前の被告ホゼ・ルーナについては、前記のとおり民事訴訟法一五条及び条理に基づいて管轄が認められる(平成元年一二月一日欠席判決済み)ので、併合請求の裁判籍(同法二一条)及び条理によって、本件についても管轄が認められると主張する。そして、本件では分離前の被告ホゼ・ルーナに対する請求が求償権発生の論理的前提になっているため合一確定の必要性が高いので、我が国に管轄を認める必要性も高いという。
しかし、共同不法行為者(ないし複数の製造物責任者)を、共同被告とする訴訟が提起された場合であれば格別、本件のように製造物責任者の一人が、被害者と他の製造物責任者とを共同被告として訴訟を提起した場合には、訴訟物も異なり、後に共同被告間で求償関係を生じることもないから、必ずしも合一確定の必要性が高いとはいえない。そして、一般に国際裁判管轄における併合請求の裁判籍については、他の土地管轄に関する規定の場合と比べて、被告が予期しない国での応訴を余儀なくされるなど、被告の不利益が大きいので、特に我が国の裁判所に管轄を認めることが当事者の公平、裁判の適正・迅速という条理にかなう場合に限って併合請求の裁判籍を認めるべきであると解される。本件では前記二の3で検討した各事情に鑑みると、我が国に管轄を認めるべき事情があるとは言えない。
三以上のとおり、本訴は、当裁判所に裁判管轄権がないので、却下されるべきである。
(裁判長裁判官大澤巖 裁判官土肥章大 裁判官齊藤啓昭)
別紙訴訟目録
係属裁判所 アメリカ合衆国カリフォルニア州ロサンジェルス カウンティー上級裁判所
事件番号 C六八三六四五
原告 ホゼ・ルーナ
被告 真崎物産株式会社、ナンカセイメンカンパニー外四九名
請求内容 製造物責任に基づく損害賠償請求
別紙目録
ホゼ・ルーナは、アメリカ合衆国カリフォルニア州内に居住し、ロサンジェルス市において、麺の製造販売業を営むクオン・イック・ヌードルカンパニー(以下「クオン・イック」という。)に、昭和六二年三月から同年一一月三日まで雇用されていた者である。
原告は、昭和五四年春頃、クオン・イックから原告の製麺機の引き合いを受け、同年末クオン・イックに対し、原告のHC―Aタイプの製麺機一セット(ただし完全な一セットではなく、クオン・イックの求めにより販売の対象から外した部分がある。以下「本件製麺機」という。)を代金二万八四五〇米ドルで販売し、製麺機をクオン・イックに輸出した。
被告代表者鞘野は、クオン・イックを経営するレオン社長の知己だったところ、クオン・イックのために、原告から本件製麺機の代金の見積りを入手した。
ホゼ・ルーナは、昭和六二年一一月三日、クオン・イックの工場で作業中、本件製麺機のローラー部分に左手を巻き込み、左手の指三本を切断する怪我を負った。
同人の主張によれば、本件事故は、本件製麺機の設計、製作等に欠陥があったこと(具体的には、作業員の手を巻き込みやすい構造、緊急停止装置が不十分等)や同人に対する危険性の告知がなく、安全な使用方法の指導を怠ったこと等々の為に発生した、という。また損害額は、医療費、逸失利益、慰謝料等を合計して五一万四〇九八ドル四〇セントになる。